上村愛子は現在劣化したのは整形のせい?若い頃のかわいい画像。

フリースタイルモーグル選手の上村愛子さん。

現在は劣化したがそれは整形にせいなの?と話題になっています。

若い頃の画像と比較してみていきましょう。

上村愛子

国籍:日本
種目:フリースタイルスキー・モーグル
所属:北野建設
生年月日:1979年12月9日
生誕地:兵庫県伊丹市
居住地:長野県北安曇郡白馬村/東京都
身長:156cm
体重:51kg

上村愛子さんと言えばフリースタイルモーグルの選手で世界でもトップクラスの選手でもありましたね。現在は現役を退いていますが当時はそのかわいい容姿で全国的に人気になりました。

当時の若者は冬になるとみんなアルペンにいっており、上村愛子人気は本当にすごかったです。

今では若いかわいい選手がオリンプックに出場していますが、上村愛子さんの時代は上村愛子一本だったと記憶しております。

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現在劣化したのは整形が原因?

若い頃のかわいい画像から現在の画像までで比較していきましょう。

果たして整形しているのか?

1998年長野オリンピックの頃

で7位入賞した19歳の頃の上村愛子さん。

まだまだ19歳という若さで元気ハツラツの時期ですね。

2002年ソルトレイクシティオリンピックの頃

上村愛子さんが23歳の頃ですね。

エクステを付けておしゃれしていますね。

この頃も笑顔が素敵でかわいいです。

しかし当時、私生活では本当に大変な状況になっていたらしく、幼少期からの生い立ちや母親についてこのように語っています。

有名になったことで、むしろ苦労したのは母親です。当時経営していたペンションに若い人が会いにきても、お客さんだから帰すわけにもいかない。「きょうは友達のところに泊まりなさい」と言われたことが何度もあります。そうやって守ってくれました。

競技としてモーグルを選んだこと自体、“やんちゃ”ですよね。学校では友達をつくるのが苦手で、遊んだ記憶もないんです。でもスキー場では、自分を表現したかったんだろうな。カラフルなウエアを着て、髪にビーズ。長野五輪の試合当日は、赤、青、黄、緑、黒の五輪カラーのつけ毛で臨みました。高校を出てからは金髪。「やんちゃな女の子がいるな」という印象を与えたら勝ちぐらいの気持ちで、スゴい頭にしていました。

すでにワールドカップなどの国際大会は経験していましたが、長野では「自国での五輪は、こんなに違うんだな」と興奮しました。スタート台から見た観客の数は今までにないくらい多く、みんな幸せそうな表情。自分も周囲もワクワクしていて、本当にすてきな舞台でした。

注目はされていましたが、自分を見失うことはなかったです。多英さんとの実力差が大きく、負けるのも当たり前。「私が先にメダルをとるわけがない」と重圧も感じていませんでした。メダルは難しいかもしれないけど、格好悪い姿はみせられない、というくらい。「五輪を見てくださいね」と言っている自分が失敗するわけにはいかない。若かったから、それくらいの責任感でした。

やはりオリンピックに出場する選手のプレッシャーは大変なのですね。

母親とのツーショットです。

母親がいたから今の上村愛子さんがいるといえば当たり前ですが、このような苦難を乗り越えオリンピックでの最高の笑顔!素敵ですね。

テレビであっけらかんと見てる私は「金じゃないんだ・・・」とか適当なことを言っていたことを少し反省します。

少し話はそれましたが、気を取り直してみていきましょう。

2006年トリノオリンピックの頃

上村愛子さんが27歳の頃ですね。

劣化した?とかそのようなことはないですよね。

2010年バンクーバーオリンピックの頃

上村愛子さんが31歳の頃ですね。

ゲレンデマジックとかではなく31歳でこのかわいい顔は反則ではないでしょうか?

2014年ソチオリンピックの頃

上村愛子さんが35歳の頃ですね。

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30歳を過ぎた頃から大人のキレイな女性になりましたね。

しかし笑顔は未だなお若き頃と同様かわいいです。

現在の画像

なんでもこちらの画像を見たことで劣化した?と注目されているようですね。

どうでしょうか?

劣化しているのか?整形しているのか?・・・答えは劣化でしょうね。

しかし劣化と言ってもただ年齢を重ねただけの「経年劣化」です。

自然界の掟通りに年を重ねているのでしょう。

年ととって昔と顔が違うというだけで「劣化」や「整形」と言われるのは本当に大変ですね。

 

結婚した旦那の皆川賢太郎

上村愛子さんは一体どのような方と結婚されたのでしょうか?

イケメンな旦那さんですね。

上村さんは2009年に元アルペンスキー選手の皆川賢太郎さんと結婚し、話題になりました。

皆川さんは1977年5月17日生まれで現在は上村さんよりも3歳年上です。現役時代は長野、ソルトレークシティ、トリノ、バンクーバーと4大会連続で五輪に出場していた日本を代表する選手でした。

現在は引退し全日本スキー連盟理事の傍ら鮨店を経営しています。

旦那さんはアルペンスキーで4大会オリンピックにでるし実業家としての才能もあったのですね。

スゴイ方です。

二人の馴れ初め

2人が交際をスタートさせたのは結婚会見からちょうど2年前の2007年からだそうです。きっかけは野沢温泉でのイベントで共演したことです。

二人とも笑顔が素敵!
この頃が出会いの原点です。

プロポーズは2008年の12月25日だそうです。クリスマスの日に東京タワーが見るところで皆川さんが「結婚してください」と言ったそうです。

クリスマスの日のこんなにキレイにライトアップされた東京タワーを見てプロポーズなんて

「そんなん絶対アカンやつやん!OKしてまうに決まってるやん!クリスマスラブ!」

あまりのロマンチックな雰囲気に思わず関西弁になってしまいましたw

ちなみによく離婚危機?と言われるのですが、現在も夫婦仲は良いそうで、世間の方の勝手な想像だそうです。

壮絶な生い立ち

生まれつき心臓が病気であった

スポーツ選手としての上村さんを知っていると想像できないことかもしれませんが上村さんは生まれつき心臓に穴が開いている「心室中隔欠損症」という病気でした。
穴が開いていると言っても小さなもので特に生活に支障はなかったようで上村さんは3歳のころからスキーを始めています。

教育方法は千差万別で結果論ですが、スキーをすると母親に行った時、止めなかった母親のおかげで元気に育ったのでしょうね。

子供の好奇心を消すようなことはせず子供の好きなコトをやらせる!それがオリンピック選手になれた一つに要因でもありますよね。

あまり激しい運動をすることはいけないとも言われていますが、逆にスポーツをすることによって体が元気になり病気の影響がなかったのでしょうかね。

母は私の病気をとても心配していたようです。でも私に、「運動をしちゃダメ、走っちゃダメ」とは絶対に言わず、時折、「胸が痛かったり、苦しかったりしないよね?」と確認するだけで、見守ってくれていました。私はスキーが大好きだったし、それ以外の場所でもいつも走り回っていて、“カカトが床につかない”ほどの活発な子どもだったので、母はさぞ心配だったろうと思います。

愛してくれる母親あっての今の上村愛子さんなのですね。

小学校の頃にいじめに遭っていた

上村さんは小学校の頃に長野県白馬村へ引っ越しているのですがそこでアルペンスキーのジュニアチームに入部します。
上村さんはそこで無視されてしまったり道具を隠されてしまったりなどのいじめを受けてしまっていたようです。

陰湿ないじめだったのですね。本当にヒドイ!しかし当時の上村さんはこのことについてこのように語っています。

もっとも当時は、「私がやられていることは、“いじめ”だ」という認識はあまりなかったんです。ただ「嫌だな、寂しいな」という気持ちでいっぱい。でも、「スキーをやめよう」とは全く思いませんでしたね。

意外に天然?なのでしょうか?

それとも自分は夢中んなれるスキーがあったから周りのことをあまり気にすることがなかったのでしょうか?

まあ何にしても傷つくことがない大らかな性格なのでしょうね。

やはりオリンピックに出場できる方は精神力がハンパないです!

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